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東大卒プロゲーマー 論理は結局、情熱にかなわない

book

ハイスコアガール読んだときは、ゲーセンのくだりはおもしろ話なのかなと思ってたけど、これを読んで実際の話だったんや...と知った(しかし、ガールがいないのでハイスコア)

副題の通りとても熱い人で研究時代の話も割と書いてあるので、ゲームに興味ない人も読んでみてもいいかもしれない。私は読んでよかった。(ゲーム好きだからというのもあるけど)

新しい知識は、ときに自分の経験を否定する。また、実力的に劣る相手から意見をいわれれば、「おれよりヘタなくせに」といいたくなる気持ちが、人間の心には潜んでいる。  せっかく意見をいってくれたのに拒絶したら、2度とは話しかけてもらえないだろう。特に、それが格下の相手で、「おまえごときに何がわかる」みたいな態度を匂わせでもしようものなら、2回目は絶対にないだろう。  人間は、年齢を重ね、キャリアを重ねるうちに、自分の成功体験に縛られ、新しい知識を受けつけなくなっていく。それは人間である限り、誰しもが直面することかもしれないが、新しい知識を習得する機会を失えば、そこで成長は止まる。  成長を止めれば、「古い」人間として、その座は意欲にあふれる若者たちに取って替わられ、滅んでいく定めにある。よくいえば1匹オオカミ。でも、僕の思うに、1匹オオカミでは勝てないのだ。

ゲームも人生も、論理より情熱で勝負してみたら、案外うまくいくことがあると思う。  よかったら、試してみてほしいことがある。自分のなかに情熱の火種が見つけられない人は、情熱をもつ人のそばにいってみるのだ。自分だけの情熱を見つけたいと思ったとき、とるべき最短ルートは、既に自分だけの情熱をもっている人のそばにいくこと。そういう人は、一目でわかる。燃えているから。  きっと、彼らはあなたに火をつけてくれるだろう。情熱ある人生とはどういうものか、教えてくれるはずだ。彼らに学び、彼らから離れるとき、あなたのなかに自分だけの火が灯っていることだろう。小さな火かもしれないから、よく見てみる