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赤目姫の潮解 LADY SCARLET EYES AND HER DELIQUESCENCE

book

この世で得たデータを無にするというのは、胎児に戻るようなものだろう。その感性あるいは心境に擬似的にであれなりえる者が、私が考える天才である。そういう人物の無邪気さを私は何度か目にした。本当に彼らの「知」とは計り知れない。自らの理解の蓄積を瞬時に捨て去ることができるからこそ、どんな新たな理解も容易に展開することができる。そういうメソッドだとわかっているのに、私にはそれができない。できないことを知っているのに、できる方法を知っているのに、やはりどうしてもできないのだ。無とは何か、無の境地とはどんな状態なのか。肉体的な苦痛を伴う類のなんらかの修行をしないかぎり、私には手の届かないものだろう、という予測がせいぜいである。

次はWシリーズです。2世紀先まで来ました。