世界音痴

世界音痴 (小学館文庫)

世界音痴 (小学館文庫)

 生きることの意味が知りたかった。素晴らしいひとになりたかった。私は確かにそんな風に考えていたはずだ。今もそう考えている。だが、そうした願いのすべてが、いつのまにか「この世は一度きり、主人公は誰? 大切なものは何?」という問いに強く結びついていたのだ。この世は一度きり、主人公は〈私〉、大切なものは〈私の夢〉。その結果、何が起きたのか。  究極の愛を、決定的な誰かを求めて、ロマンチックな理想の出遭い(駅のホームのこちら側と向こう側で偶然目が合う。その瞬間、轟音と共に双方の電車が入ってくる。自分はあの「目」のせいで、どうしてもそれに乗ることができない。電車が去ったあと、呆然と立ち尽くす私の前に、やはり無人の向こう岸にただひとり残されてこちらをみつめる姿があった。あなただ。)を繰り返し夢想しつづけた私だが、その「決定的な誰か」とは、ついに〈私〉自身のことでしかなかったのではないか。
 どのような現実の出遭いも、生身の恋人も、旧い友人も、自分の子供も、結局のところ〈私の夢〉にとっては邪魔だったのではないか。だから、それらはみんな消え去ってしまった。最も幸福な国の、最も幸福な時代の、最も幸福な日々のなかで、すべては幻になった。私には望み通り〈私〉と〈私の夢〉だけが残された。  今の私は、人間が自分かわいさを極限まで突き詰めるとどうなるのか、自分自身を使って人体実験をしているようなものだと思う。本書は云わばその報告書である。ビタミン小僧、菓子パン地獄、ひとりっこ、恋愛幽霊、青春ゾンビ、世界音痴……。感情から行動のディテールに至る記述には正直を心掛けた。

あとがきより。