月は幽咽のデバイス The sound Walks When the Moon Talks Vシリーズ

昼間はとても愛想が良いのに、夜が更けると決まって機嫌が悪くなる中年の女性を、保呂草は何人か知っている。おそらくは、単に肉体的な疲労が原因と考えられ、本人が自覚している場合も多い。そういった自分の状況が他人に伝達することを恐れない精神機能を、一般に年の功と呼ぶのだろう。

「ああ、ごめん。私ね、田中と加藤の区別ができないの。どうも、頭のそこんとこの回路が混線しているみたいなんだ。清水と斎藤も駄目。同じなんだなあ。ごめんね」

「どう? 恐い?」 「うん、ちょっとね」練無は答える。「でも、面白いよ。僕、高いとこ大好きだから」 「それって、馬鹿だって告白してるんとちがう?」紫子が愉快そうに言った。